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多くの現代人を悩ませる「睡眠負債」とは ?
日々の睡眠不足が借金のように積み重なる「睡眠負債」。日常生活のパフォーマンスが下がるだけではなく、生活習慣病など命に関わる病気の発症リスクも高めるという。睡眠負債の原因とは何なのか。その改善・解消策について、スポーツ科学学術院の西多昌規先生に聞いた。
取材・文=黒岩勇一(1980年文学) イラスト=サンダースタジオ
睡眠負債の背景にあるのは社会の24時間化!?
朝は眠いのを我慢しながら出勤。今夜こそ早めに寝て、寝不足を解消しようと意気込むものの、結局眠りにつくのは深夜になってしまう。この状況、思い当たる人が多いのではないだろうか。
「多くの日本人が慢性的な睡眠不足を蓄積しており、これを『睡眠負債』と言います。『私は6時間寝ているから大丈夫』という人も、実は睡眠が不足しているかもしれません。実際の睡眠時間と体にとって理想の睡眠時間には差がある可能性があります」
睡眠が不足しているかどうかは「日中の状態で分かる」と西多先生。
「例えば6時間寝て、日中に頭がボーッとしてしまうことがあったら、もう少し睡眠時間が必要です。また、休日にどれだけ寝坊しているかも参考になります。普段の起床時刻より少し遅い程度ならよいのですが、3〜4時間多く寝てしまうのは明らかに睡眠不足がたまっている証拠です」
睡眠負債を抱える原因にはストレスなども挙げられるが、最も大きな要因は、社会が24時間化したことだという。
「コンビニや飲食店をはじめ、24時間営業の店が増えました。都市部では夜中でも出歩けますよね。また、ITが普及したことで、場所や時間を気にせず仕事ができるようになりました。こうした社会環境の変化が、私たちの睡眠時間の減少に大きく関わっています」
心臓病やがんの危険性!睡眠負債が及ぼす悪影響
では寝ている間、体でどのようなことが起こっているのか。
「入眠すると、ノンレム睡眠に入り、軽い睡眠から深く安らかな睡眠に移ります。体をリラックスさせる副交感神経が働き、脳を休息させます。一方、レム睡眠では急速な眼球運動が起こり、脳内で記憶の整理が行われます」
睡眠時間が短くなればなるほど、脳と体は十分に休息ができない。その結果、日中の集中力や注意力が低下するだけでなく、不眠症、睡眠障害といった症状が出たり、深刻になると高血圧、糖尿病、心臓病、がんといった疾患にもつながったりする。
「睡眠には嫌な記憶を消去する働きがありますが、まとまった睡眠時間が取れないと脳が嫌な記憶を消去できず、メンタルに影響を及ぼすこともあります。また、睡眠には新たな記憶を定着させ、記憶同士をひも付ける役割があります。最適な睡眠が取れないことで、日々の記憶を十分に引き出せなくなる原因にもなり得るのです」
睡眠負債を改善・解消するには?
最適な睡眠時間は人によって異なるため、自分の最適な睡眠時間を知り、正していくことが大切だ。
「地道ですが、いつもの就寝時間より15分ずつ寝る時間を増やしてみましょう。日中にボーッとしなくなる睡眠時間を見つけ、その時間を確保できるよう調整してみてください」
また、睡眠の質を上げるために日常生活の中でできることもある。
「入眠する90分ほど前に風呂に入り、深部体温をいったん上げます。眠りにつく頃には徐々に体温が下がっていくので、入眠しやすい状態をつくれます」
睡眠負債は、いわば深刻な現代病。その改善には、日々のちょっとした心掛けが大切なのだ。
睡眠の質を上げるためにできること
・ 朝は太陽の光を浴びる
・ 昼に仮眠する場合は、時間を15分〜30分にとどめる
・ カフェインは夕方以降取らない
・ 眠る直前に食事をしない
・ 入眠する際に体温が徐々に下がるように、入眠90分前に入浴し、いったん深部体温を上げる
先生が語る! 研究の未来
睡眠が運動や精神・脳機能に与える影響を解明したい
私の研究目的は、睡眠の心身への影響を解明することで人々の健康増進に貢献することです。現在、運動や仕事のパフォーマンス、精神・脳機能、睡眠の三つの関係性について研究しています。その一つとして、睡眠が運動に関連する脳機能にどのような影響を及ぼしているのか、研究を進めているところです。睡眠と運動の関係は、スタンフォード大学のバスケットボール部の学生を対象とした実験で明らかになっており、十分な睡眠を取ることで、同じ練習量でもスピード・スキル・意欲などが向上するなどパフォーマンスアップに有効という結果が出ています。しかし、睡眠と運動に関する研究は、まだまだ発展の余地があります。日本の学生アスリートの中には、意外に睡眠不足気味の人が多くいるという現状も聞きます。スポーツにも勉強にも全力で取り組む学生たちのパフォーマンスを睡眠の面から向上させられるよう、睡眠が持つ機能を実態調査なども含めて研究し、還元していきたいと思います。
にしだ・まさき/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授
1970年石川県生まれ。96年東京医科歯科大学卒業。東京医科歯科大学助教、自治医科大学講師などを経て、2017年より現職。ハーバード大学医学部、スタンフォード大学医学部にて留学研究歴がある。日本精神神経学会精神科専門医、睡眠医療認定医など。専門は睡眠、身体運動とメンタルヘルス。これまで精神科医として数多くの患者の診療にあたる。著書に『「テンパらない」技術』(PHP研究所)、『休む技術』(大和書房)など多数。
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