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ベンチャービジネス
早稲田大学では、ベンチャー企業の創出・育成を支援するアントレプレナーシップセンターの設置、起業家教育プログラムの提供など、起業を志す学生、教員、卒業生の支援に力を入れている。
起業への機運が高まる現在、大学での取り組みを紹介するとともに、さまざまな分野で起業し、成長を続ける校友の姿を紹介する。
取材・文=牧浦 豊
写真提供=株式会社メルティンMMI
株式会社メルティンMMI 代表取締役 粕谷昌宏
かすや・まさひろ/1988年埼玉県生まれ。2010年理工学部卒業、12年大学院先進理工学研究科修士課程修了。13年株式会社メルティンMMI創業。16年電気通信大学大学院情報理工学研究科博士課程修了、博士(工学)取得。18年、経済紙『Forbes』で注目すべきアジアの30人に選ばれた。20年国際サイボーグ倫理委員会設立。
〈課題〉脳血管障害に伴う手指まひや運動機能の低下
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ロボットニューロリハビリテーション※装置で脳と手指の運動再活性化を促進する
生体信号処理技術と、人の身体構造に着目した生体模倣ロボット技術を利用して、医療機器やアバターなどの研究開発・事業化を進める株式会社メルティンMMI。遠隔操作で人間の代わりのように動くアバターなどの技術開発と並行して、一般社団法人国際サイボーグ倫理委員会を設立し、ルール作りにも取り組んでいる。
※ニューロリハビリテーションとは、脳神経科学に基づいた新しいリハビリテーションの手法。損傷した脳神経経路を再構築することにより、体の運動機能を再学習する
生体模倣をベースとしたロボット技術によって、繊細さや器用さ、力強さを備えた指の動きの再現が可能に。さまざまな手の動作を行うことができる
サイボーグ※1技術により、体の制約から解き放たれ、どんな障がいがあっても自分の意志で全身を自由に動かし、ライフスタイルを選択できるような世界にすることが目標」と語るのは、サイボーグ事業で医療機器・アバター※2の開発を手がけている株式会社メルティンMMIの粕谷昌宏さん。
活動の原点になっているのが手塚治虫の漫画だ。
「『鉄腕アトム』や『ブラック・ジャック』を子どもの頃に読んで、ロボット技術や医療に興味を覚えたのが始まりでした」と話す。中学生になると、サイボーグ工学の存在を知り、早くも人工筋肉の研究を始め、理工学部でも筋電義手※3などの研究を継続。2013年、博士課程2年時の就職活動の際、自らのビジョンと合う既存の企業がなかったことから、自由にその世界観を実現するために起業を選択する。
技術開発に当たっては、人の「手」に焦点を当てた。
「手は、小さくて指も細いのに、五指の動きにより大きな力を出せる高機能な部位。手や指の動きをロボット技術で実現するのが難しいところです。メルティンの技術により、一つの作業に特化していたこれまでのロボットとは違う、いろいろな動作ができる汎用性の高いものを生み出しています」
医療機器として販売されている「MELTz(メルツ)」は、手に装着して使用する機器で、脳血管障害などで手や指にまひが残る患者の、医療現場でのリハビリテーションに活用されている。
「人が体を動かそうとするときに発生する『生体信号』を読み取り、その意志どおりに手や指が動くよう回復を促す機器です」と説明する。
一方、18年に発表したアバター「MELTANT-α(メルタントアルファ)」は、人の手と同等のサイズ・重量で、繊細かつパワフルに動作できるのが特長。危険な薬品を扱う実験分析や、放射能で汚染された場所での作業などを、人に代わって行うことが期待されている。現在は100パーセント人による遠隔操作で作動するようになっているが、将来はAIとの作業分担でより効率的に仕事ができるようになるそうだ。
こうした機器の開発と並行して、20年に粕谷さんは一般社団法人国際サイボーグ倫理委員会を設立し、サイボーグ技術が社会実装された際の倫理問題やルール作りにも取り組んでいる。そのためにはロボットの研究者だけでなく、法律をはじめ、幅広い分野の専門家との連携が必要となるが、学部を超えたつながりが生まれる早稲田大学での経験が生きているという。
※1サイボーグとは、体の一部や全身を電気機械装置などの人工物に置き換えた人間
※2アバター(アバターロボット)とは、遠隔地で自分と同じ動きをするもう一つの体
※3筋電義手とは、筋肉を動かす際に発生する微弱な生体信号を感知して、手指を動かす義手の一つ
生体信号をAIが分析することで装着者の意図を読み取り、体の運動補助を行う「MELTz」。機器の力を借りて意図どおりの動きを繰り返すことで、脳が体の動かし方を再度学習することを目指す
メルティンのロボットハンド技術は、人の手が持つ繊細さ、器用さ、強度といった特徴を、一つの手で構成。卵を割らずに持つような繊細な動作や、4キログラム以上の物体を支えることも可能
(写真左)MELTANT-α (写真右)コントローラーでの遠隔操作
メルティンの遠隔操作システムは、米国のボストンから日本のデータサーバを経由し、アラブ首長国連邦のアブダビにあるロボットハンドを、遅延ストレスを感じさせることなく動作させることに成功。1万8,900キロメートル先で自分の分身を動かすことができる
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