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全ての人が自分らしく暮らせる社会へ。「訪問介護」のアクセス拡大から始動
近年、「ダイバーシティ」という言葉を頻繁に耳にします。人種・民族、障害、年齢、性別だけでなく、人が有するあらゆる属性がその対象とされるといいます。現在、組織から個人まで、社会でダイバーシティへの取り組みが活発化しています。
今号では、筋ジストロフィーという障害を抱えながら、社会福祉士として活動する渡邊惟大さん(2009年社学、11年政研修)に、障害者もしたいことができる、暮らしやすい社会の実現について話を聞きました。
取材・文=松岡一郎(1986年教育)
撮影=尾崎大輔(2006年社学)
アクセスデザイニング訪問介護事業所 代表 渡邊惟大
当事者だから言えるんです「したいこと、諦めないで」
「海外にも行くし、飛行機にだって乗ります。飲み会、コンサートへも」
電動車いすに乗った渡邊惟大さんがそう言うと、障害のある人は皆一様に「行けるの?」といった顔をするそうだ。自分には無理、できるはずはないと思い込んでいる人が多いからだ。周囲への遠慮もある。
「自治体の障害福祉サービスなどを利用して、移動支援の介助を受ければ、決して不可能ではないんです。私自身がそうしているのですから」
渡邊さんは、千葉県千葉市で障害者のための訪問介護事業所を運営する社会福祉士だ。自身も筋ジストロフィーという筋肉が徐々に衰える病を抱え、食事や入浴など一日の大半の場面で介助を必要としながら、自宅兼事務所に一人で暮らし、福祉活動を続けている。自治体と連携して利用者の相談に乗ったり、ヘルパー派遣の手配をしたりと多忙な日々を送り、出張も厭わない。
「一昨年、パリに行って驚いたのですが、日本ほどバリアフリーは整っていないのに、街で見掛ける障害者は意外にも多いんです。段差のある場所で車いすに乗った人が困っていたら、誰かれとなく寄ってきて手を差し伸べ、すっと去っていく。そんな光景をよく目にしました。だから、一人でも安心して出掛けられるんですね」
日本はどうか。建物や交通機関のバリアフリー化は進んだが、いつでも誰かの手助けが期待できるほど社会の意識や環境は進んでいない。自治体によっても温度差があり、障害福祉サービスの存在自体がよく知られていない、訪問介護事業者やヘルパーが足りていない、といった実態がある。
その一方、障害のある人の家庭では、介護は家族がするものだとする意識が根強く、老齢の親がその負担を抱え込むなど、限界を超えてもなお人手に頼れずにいる例が少なくない。渡邊さん自身の家庭もそうだった。
「社会の姿と当事者の気持ち、その両方を変えていかなければ」と2014年、渡邊さんは事業所を開業した。アクセスデザイニング──障害があっても自分らしく、気兼ねなく、したいことにアクセスするための道を開く。それこそが、現実の厳しさと、それを乗り越えられる可能性を肌身で知る自分にできることだと考えた。
「実はその2年前、障害児の大学進学を支援するNPOを立ち上げたんです。そこで分かったのは、まず自宅で介護を受けられる環境が整わないと、進学準備も難しいということでした。それも開業のきっかけです」
大学・短大・高等専門学校で障害のある学生の割合は0.86パーセント(※1)。全国民の約6.7パーセント(※2)に何らかの障害があることを考えると、これはあまりに少ない。この差を埋めていくことも、渡邊さんの願いである。
※1 『平成28年度(2016年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書』(日本学生支援機構)より
※2 『平成29年版障害者白書』(内閣府)より
視察も兼ねた社員旅行で台湾へ。高速鉄道に乗車
パリにて。現地の友人を交えた食事会
わたなべ・ただひろ/1987年大分県生まれ、千葉県育ち。2009年社会科学部卒業、11年政治学研究科修士課程修了。12年NPO法人ユニバーサル・アクセス・デザイニングを設立し、障害者のための進学相談支援を開始。13年社会福祉士取得、14年合同会社アクセスデザイニングを設立し、障害者に訪問介護を提供している。
【「障害」の表記について】
「障害」の表記について、現在、内閣府障がい者制度改革推進本部の会議で議論がされています。『早稲田学報』では「障がい」という表記に統一していますが、この記事では渡邊氏の意向により「障害」と表記しています。
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