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教授の部屋
2020年2月号の『早稲田学報』では、教授の部屋10室を取材しました。
この記事ではそのうち2つを紹介します。
撮影=布川航太
樋口清秀 国際学術院/経済学
2000年に理工学部の教授となり、2004年から国際教養学部の教壇に立つ樋口先生にとって、ここは早稲田で三番目の研究室。部屋を移るたびにダンボール70箱以上もの本を処分しているにもかかわらず、再び本で埋め尽くされていくのは「興味と研究の幅が広いため」。本棚には、古本屋で見つけた色あせた文庫本から、英語やドイツ語の専門書までさまざまな分野の本が並び、手前に見える本の後ろに、さらに1列収められている。これだけあると目的の本を探すのも難しそうだが、先生は「場所は全て頭に入っている」という。
近年、研究や授業で人気のテーマとなっている「ゲーム理論」を早稲田の理工複合領域で初めて教えた樋口先生は、「人がやっていないことをやる」のがポリシーだと語る。かつて先輩に「古本屋で一番値段の高い本を買って、それを研究テーマにするといい。高価ということは流通量も読んでいる人もわずかなものだから」と教えられたという。
その姿勢は学生への指導にも表れ、担当する50人以上の学部のゼミ生・院生は全て「人と違う」研究をするよう求められる。「人がやっていることを学んで、やっていないことに挑戦する。それがオリジナルの研究となり、自分の価値を高めることになる。人がやっていることを理解するためには、まず、その人の論の前提条件を理解することが必要で、前提条件を理解すればその結論は容易に理解できる」と学生に伝えている。そして、数々の蔵書や資料は学生に惜しみなく貸し出され、若き研究者の成長に役立てられる。最近は「ネットワーク理論」に注目するが、その研究には社会、心理、歴史、メディアなど、あらゆる分野の知識が必要とされる。そして、さらに本は増えつづけてゆく。
丹尾安典 文学学術院/視覚イメージ研究
ここは丹尾安典先生の研究室。「意味のないものはない」という丹尾先生の言葉通り、この空間にある全てのものに歴史があり、誰かの思いが刻まれている。
1982年に専任講師として母校で教壇に立つことになった丹尾先生は当初、2013年に解体された旧33号館3階の研究室の一部屋を先輩教員二人と共有していた。他の研究室の先生に「品の悪いやつが入ったね」と言われたそうだが、研究室で先輩たちと戯れるような雰囲気があったという。
1962年、建築家で本学名誉博士の村野藤吾が学生への思いを込めて設計した旧33号館が解体されることになると、丹尾先生は一人反対し、そして解体が決定するとその一部を保存するよう訴えた。建築的な価値だけではなく、40年以上にわたる学生の記憶を有した旧33号館のガラス窓や彫刻家辻晉堂のタイルレリーフ、長谷川路可の床モザイクなどは、現在、新33号館の1階などに移設されている。それに付随する記名なき解説文が、丹尾先生によるものであることはあまり知られていない。
丹尾先生の部屋を埋め尽くすものは、美術にまつわるさまざまな書籍や雑誌のほか、今はなき第二文学部の事務所の看板、閉店した「三朝庵」の器、アニメキャラクターのフィギュアまであり、旧33号館の渡り廊下の手すりの一部がドアストッパーに使われていたりする。
丹尾先生は「『もの』は『もの』ではない、『もの』のうちには『こと』が秘められているんだ」と語る。研究室には思い出や誰かの思いという「こと」が含まれた「もの」で溢れている。
丹尾先生は2020年3月で退職となる。早稲田を愛し、早稲田らしさが失われていくことを憂う丹尾先生の、早稲田らしいこの研究室も今年の春にはなくなってしまう。
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